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墓とか寺とか [世相]

最近散骨などが増えてるらしい。
もう寺や墓の時代じゃないということだ。
だいたい、先祖いく末までそこに住んでいる人なんていないじゃない?

そもそも一般人が氏を持ち出したのがここ百数十年のことで、
墓を守るとか、そういう思想が広がったのはもっと後のことだ。
それまではもっと社会が荒れていたし、ほんとはだれがだれの子供かも
わからなかった。
昭和時代後半においても、子供のころは荒れた墓もあったし、卒塔婆だけが立ってたり、
木柱の墓なんていっぱいあった。風雨でボロボロになった墓も多く墓場の奥にあった。
御影石のきれいな墓なんて最近のことで、こういうものが当たり前、とされているのは
ここ30年くらいのことだろう。
少子化が進み、移動が激しくなった世の中、守っていけるわけがないのだ。
供養をよくしないと不幸になる、などと脅しをよく聞くが、流浪するモンゴル人や
移民の国アメリカ人、宗旨替えした人はみんな先祖に呪われているのだろうか?

生き物というのは、生まれ、親から離れ、死んでいくのが正しい姿だ。
親がのたれ死んでも知る由もないのが生き物だ。
大半の生き物、人間には電話も手紙ない。

宗教や寺院の素晴らしさを否定しているのではない。
家がどうの、土地がどうの、墓がどうの、寺がどうのと若者に求める年寄りたちに
自分たちが特異な時代の特異な宗教行事に染まっているという認識がないことを憂いている。
困ったことだ。寺も考えたほうがいい。
タグ: 供養
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