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インド、宇宙へ行く。 [グローバリゼーション]

インドが自前で衛生を打ち上げた。
中国は自前で月へ行った。

世はまさに宇宙大航海時代。恐ろしい時代だよ。


タグ:中国 インド
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戦後経済の終焉? [グローバリゼーション]

まもなく終戦日である。記念日ではない。

先日、米国債デフォルトの問題はようやくカタがついた。
予定されていた通りであろう。
どないしたってデフォルトを出すわけにはいかぬのだから。
ドルは死に、米国債所有国は死ぬ。できるわけがない。
しかし、倒産寸前の会社が支払猶予を、あるいは当座融資の枠
を少しばかりもらっただけであり、まさに倒産回避にすぎない。

日本には、膨大な借金がある。資産借入のバランスで「まし」
とされているが、米国債変動で相殺を余儀なくされていたなら、
資産は暴落し、破綻国家になった可能性すらある。
ユーロ圏も同じで、ギリシャをはじめ、英国等も膨大な債務や
返済資金のショートにおびえているし、新興経済大国ですら
米国債券を大量保有しており平気な顔はしておれない。
だから、予定通りの動向なのである。破綻していたら、
戦争状態に陥るからだ。

これまで、戦後、66年間は、終戦時の圧倒的財力、生産力
をもっていた「アメリカ型資本主義時代」であったと言える。
ジュラ紀、白亜紀、ローマ帝国時代、江戸時代のようなもの
である。米国債の破綻はその時代の終わりを告げるのである。

これまで、偉そうなアメリカの経済学者が山ほど経済政策についての
著作、論文を書き、世界中の信者(馬鹿経済界人、馬鹿経済学者、馬鹿経営者
馬鹿政治家など)が追随し、神格化し、社員にこんな時代が来る、と布教活動を
してきた。

しかし、見るがいい。
そのすべては正解でなかったのだ。
世界一の企業国家が倒産に瀕している。
減税で経済を刺激しても、公共工事でばらまいても、戦争を吹っかけても
世界中に自国なら奴隷なみの労働力を求めても、世界中の企業を金で
束ねてみても、国は富まなかった。

「俺にはXX銀行がついてるから」と借金で豪遊していた阿呆社長が
「はた」と気付いた様と大して変わらぬ。
そして阿呆社長の旗持ちをしていた、前述の信者のみなさんは、
「いやあ、アメリカの経済が倒れるとは想定外だった」
と、どこかの電力会社のいいわけにも似た、または
「アメリカの国債が倒れたら世界経済は終わりやから、何を買うても一緒ですわ」
と債券を売りつけに来る銀行、証券マン、あるいは窓口の経済的に独立した
女性たちの、バナナのたたき売り以下の低俗な経済状況という名の売り口上
(失礼。バナナのたたき売りではバナナの輸出国、甘み、うまみ、房の大きさ
までキチンと説明しているので金融屋よりはるかに説明責任を果たしている)
にも似た、いいわけで信者としての責任をごまかすのである。
経営も政治も結果がすべてだ、と誰かが言っていたはずである。
だれが責任者なのだろう。

今後、米国は恐ろしい程の、利益誘導、政治縮小の時代を迎えるだろう。
東の果て、西の隣国等に目を向けることもないだろう。
何故なら、星を掲げることが彼らの仕事であり、日をのぼらせるのは彼らの仕事では
ないのである。
政局等でもめている政治家は脱輪した三輪トラックの様である。
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グローバリゼーション~資本主義と [グローバリゼーション]

日本は中国にGDP2位の地位を譲った。
共産主義に資本主義が2位の地位を奪われた。資本主義陣営で残るのは米国だけだ。
そして市民感情も米国と中国に近づいている。

日本は「日本型資本主義」で成長を駆け上った。他国に半社会主義と批判されながら。
バブル崩壊で半社会主義が倒れ、次に米国型資本主義に移行しようとした。調子の
いい時は見た目だけはよかったが、国力が違うのにやり方をまねてもうまくいくはずがない。
前に書いたとおり、グローバリズムというイナゴが飛び去った後は荒廃した。

衣食住等の日常生活用品を中国は握った。
長らく資本主義は共産主義には効率面、品質面で絶対的優位を誇っていた。
資本主義の支柱は、資本主義経済の優位性であり、ソ連経済が崩壊し共産主義を上回る
ことで証明され、世界に承認された。イナゴが世界規模で爆発的に飛び回ったのはその後だ。
しかし、イナゴが中国へ渡った瞬間から様相が一変した。
イナゴが共産主義に捕獲され、飼育され、再利用された。
イナゴの旅が日本を過ぎ、韓国、台湾を超えるまでは、米国流の産業秩序が
守られていた、ということか。かくして、中国はイナゴの内部構造を手にした。

中国は、これまでの従順な国とは違っていた。
そもそも、「競争」はあっても「公正な競争」という観念がない。
中共独裁体制だから、労働力の価値の設定は好き放題だ。
体制を壊滅させない程度の生活水準を守れば、何とでもなる。
資源は国内から大概手に入る。同胞の在外コミュニティ、勢力も強大だ。
人類の1/5は同胞だ。そのソースから国益に値するなら、輸入でも何でも、権力が許す。
国益にとってさほど法律は意味をなさない。何とでもなる。
軍隊も強固だ。核も持っている。
強権の集中により、低コスト、労働力の維持が図られ、他国の権利を蹂躙し、資源投下
が行われた結果、強大な産業国となった。資本主義は1国を残し、すべて敗れた。

共産主義の勝利、なのか。
コミュニストの冠がなければ、一党独裁政権という意味ではファシズムと大きく変わらない。
では、ファシズム国家が、広大な国土を獲得し、競争力を維持し、他国の権利を蹂躙しつつ、
GDPの上位に上り詰め、その上で市民にそこそこの生活を与え、世界経済が市場として
認めざるをえない規模となったときに、そのことを承認するのか。

リバタリアン的考えでは勝者への集中は一種の美徳だ。
だとすれば、どんな手段であれ、中国が米国の経済規模を金額だけでも上回
った時、それを賞賛しなければならない。それが別のやり方の独裁政権であってもそれは
同じだろう。しかし、そういう国家では人権や公正さに問題があるから、そこを問題視し、
攻撃し、国力の減退と自己の陣営への従属を求めてきた。

しかし何と言われようと、中国は従属しない。昔から世界の中心であり、屈服などしない。
「資本主義のやり方は効率性に見劣りする。私たちは乗り越えているし、君たちはそれを
利用している」
と問われた時、グローバリズムのリバタリアンはどう答えるのか。
人権や、公正さや、市民生活水準の維持でさえ、
「資本主義が勝手に決めたことで、効率性の阻害要因だ。その点で我が国が不誠実だった
としても、すくなくとも、君たちはそれを利用している」
と切り捨てられたら、どう答えるのか。
そして米中は近づいている。

「資本主義では労働力が搾取され資本家が支配するから、状況が極まった時に革命が起き、
労働者が権力を掌握し、共産主義体制に移行する」という建前があったはずだが、実際は、
共産主義政権が独裁により労働力を支配し、労働力を搾取し、国力を維持している。

逆に、資本主義では、労働者の生活水準が上がり、賃金上昇が起こり、労働力を支配し搾取
し続けるのが難しくなった。国内の高価な労働力に見切りをつけ、さらに安い搾取場所を求め
た結果、たどり着いたのが世界中の貧窮国と共産主義国家中国である。

貧窮国はいずれ賃金が上がるから、その度にさらに貧しい国を探すことになる。
生産品価格は下がり、利益の維持は困難になる。
しかし中国には安定した巨大搾取システムがある。共産主義国家に搾取システムがあり、
それを世界中の自称反共・資本主義・自由主義国家が利用する。

だからグローバリゼーションというイナゴは中国にとどまるとともに、他の最貧国を飛び回る。
ついには、共産主義国家中国がアフリカ買いに動いている。
中国がアフリカを手中にしはじめた時、アフリカの最大の危機になりかねない。
またアフリカは代理戦争の場にされかねないからだ。

これからは資本主義、共産主義両陣営で「目の前の餌にくいつく最貧国」を目指す。
そして食い荒らす。資源を絞りつくし、飛び立っていく。

フェアトレード、という言葉があるが、実体化する前に、購買高揚、価格維持のための商品
ラベルになり下がるかもしれない。山ほど積まれたエコ商品群のように。

我々利用者は生産国の「公正」や「正義」を論じる資格があるのだろうか。
まだ今のところ、次世代のイデオロギーは発見されていない。
発見すれば、ノーベル平和賞ものなのだが、私にも案はない。
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グローバリゼーション~資本主義と共産主義 米中接近 [グローバリゼーション]

日本は中国にGDP2位の地位を譲った。
共産主義に資本主義が2位の地位を奪われた。資本主義陣営で残るのは米国だけだ。
そして市民感情も米国と中国に近づいている。

日本は「日本型資本主義」で成長を駆け上った。他国に半社会主義と批判されながら。
バブル崩壊で半社会主義が倒れ、次に米国型資本主義に移行しようとした。調子の
いい時は見た目だけはよかったが、国力が違うのにやり方をまねてもうまくいくはずがない。
前に書いたとおり、グローバリズムというイナゴが飛び去った後は荒廃した。

衣食住等の日常生活用品を中国は握った。
長らく資本主義は共産主義には効率面、品質面で絶対的優位を誇っていた。
資本主義の支柱は、資本主義経済の優位性であり、ソ連経済が崩壊し共産主義を上回る
ことで証明され、世界に承認された。イナゴが世界規模で爆発的に飛び回ったのはその後だ。
しかし、イナゴが中国へ渡った瞬間から様相が一変した。
イナゴが共産主義に捕獲され、飼育され、再利用された。
イナゴの旅が日本を過ぎ、韓国台湾を超えるまでは、米国流の産業秩序が
守られていた、ということか。かくして、中国はイナゴの内部構造を手にした。

中国は、これまでの従順な国とは違っていた。
そもそも、「競争」はあっても「公正な競争」という観念がない。
中共独裁体制だから、労働力の価値の設定は好き放題だ。
体制を壊滅させない程度の生活水準を守れば、何とでもなる。
資源は国内から大概手に入る。同胞の在外コミュニティ、勢力も強大だ。
人類の1/5は同胞だ。そのソースから国益に値するなら、輸入でも何でも、権力が許す。
国益にとってさほど法律は意味をなさない。何とでもなる。
軍隊も強固だ。核も持っている。
強権の集中により、低コスト、労働力の維持が図られ、他国の権利を蹂躙し、資源投下
が行われた結果、強大な産業国となった。資本主義は1国を残し、すべて敗れた。

共産主義の勝利、なのか。
コミュニストの冠がなければ、一党独裁政権という意味ではファシズムと大きく変わらない。
では、ファシズム国家が、広大な国土を獲得し、競争力を維持し、他国の権利を蹂躙しつつ、
GDPの上位に上り詰め、その上で市民にそこそこの生活を与え、世界経済が市場として
認めざるをえない規模となったときに、そのことを承認するのか。

リバタリアン的考えでは勝者への集中は一種の美徳だ。
だとすれば、どんな手段であれ、中国が米国の経済規模を金額だけでも上回
った時、それを賞賛しなければならない。それが別のやり方の独裁政権であってもそれは
同じだろう。しかし、そういう国家では人権や公正さに問題があるから、そこを問題視し、
攻撃し、国力の減退と自己の陣営への従属を求めてきた。

しかし何と言われようと、中国は従属しない。昔から世界の中心であり、屈服などしない。
「資本主義のやり方は効率性に見劣りする。私たちは乗り越えているし、君たちはそれを
利用している」
と問われた時、グローバリズムのリバタリアンはどう答えるのか。
人権や、公正さや、市民生活水準の維持でさえ、
「資本主義が勝手に決めたことで、効率性の阻害要因だ。その点で我が国が不誠実だった
としても、すくなくとも、君たちはそれを利用している」
と切り捨てられたら、どう答えるのか。
そして米中は近づいている。

「資本主義では労働力が搾取され資本家が支配するから、状況が極まった時に革命が起き、
労働者が権力を掌握し、共産主義体制に移行する」という建前があったはずだが、実際は、
共産主義政権が独裁により労働力を支配し、労働力を搾取し、国力を維持している。

逆に、資本主義では、労働者の生活水準が上がり、賃金上昇が起こり、労働力を支配し搾取
し続けるのが難しくなった。国内の高価な労働力に見切りをつけ、さらに安い搾取場所を求め
た結果、たどり着いたのが世界中の貧窮国と共産主義国家中国である。

貧窮国はいずれ賃金が上がるから、その度にさらに貧しい国を探すことになる。
生産品価格は下がり、利益の維持は困難になる。
しかし中国には安定した巨大搾取システムがある。共産主義国家に搾取システムがあり、
それを世界中の自称反共・資本主義・自由主義国家が利用する。

だからグローバリゼーションというイナゴは中国にとどまるとともに、他の最貧国を飛び回る。
ついには、共産主義国家中国がアフリカ買いに動いている。
中国がアフリカを手中にしはじめた時、アフリカの最大の危機になりかねない。
またアフリカは代理戦争の場にされかねないからだ。

これからは資本主義、共産主義両陣営で「目の前の餌にくいつく最貧国」を目指す。
そして食い荒らす。資源を絞りつくし、飛び立っていく。

フェアトレード、という言葉があるが、実体化する前に、購買高揚、価格維持のための商品
ラベルになり下がるかもしれない。山ほど積まれたエコ商品群のように。

我々利用者は生産国の「公正」や「正義」を論じる資格があるのだろうか。
まだ今のところ、次世代のイデオロギーは発見されていない。
発見すれば、ノーベル平和賞ものなのだが、私にも案はない。
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グローバリゼーションⅡ~危険、寡占、そしてつまらない世界へ [グローバリゼーション]

前回グローバリゼーションの行方を書いたが、今回は危険度と寡占とつまんなさについて。

危ないのは、一極集中。なんといっても怖い。みんなが手をつないでいる。ネットワーク社会。
この間、i-carlyという、番組で世界ネット番組選手権の話があったけど(私はアメリカ流のコメディが大好き。スピンシティ、レッドドワーフ号、俺はハマーだ!とか。まわりに白い目で見られている。賢明なる読者諸君は見ていなかっただろうが)、そのなかで日本チームの背景に「網に住みなさい」ってすごい直訳が書いてあって大笑いしてしまった。

そう、「網に住みなさい」と言われて「住んでいる」社会こそ危ない。連鎖反応、総崩れの恐怖だ。
「あかんとき」の金融業界の総崩れっぷりは知らない人がいないだろう。
隣の市場に朝がくるなり、「安」「下げ」「大幅安」とありとあらゆるマイナスを表現したことばがニュースに並ぶ。

自動車業界はどうだ。「部品の共通化により、コストの最大限縮小」を果たしたかった。
で、シャーシもエンジンも世界中から適当に選んで、自社のバッジのついたボディでふたをして、ソファだけを変えてみる。ジャガーとフォードも、ボルボとマツダも外側が違うだけの車ができる。スバルレガシーやインプレッサにはサーブのボディでふたがされる。そのスバルをトヨタが支配する。

「自由でグローバルな経済」には「多様性」や「小さな起業家たちのチャンスの出現」がメリットとしてうたわれていた。初期の道すがらでは確かにそういう状況が現れた。

しかし、実際は、資本の乏しい起業家が画期的新サービスを発見しても、それによく似たサービスを巨人の国があみだし、安く、広くしかも速く世界にばらまき、発見者に耐久戦を強いる。
持ちこたえられなくなった発見者は膝をつき、巨人が市場をまるごと飲み込んでいく。
発見者は追いやられ「オリジネーター」の称号を与えられるだけで忘れ去られる。
あるいは、巨人に発見を売り渡し、創業者利益を得て永遠のバカンスに出かける。

どちらにしても、よほどのモンスターでなければ巨人に勝つのは難しい。
それでもたくましいモンスターが出てくるのは希望の光だ。
しかし、モンスターが巨人のやり方で攻めてくるとものすごく手ごわい。

離合集散でコストを下げる古い企業群(たとえば自動車業界)や巨人が飲込む市場は、多様性を生まない。

結局コストや汎用性、共通化、優位性、世界基準の安全性等でで商品の振幅性は淘汰されていく。
消費者に届く頃には、当初のデザインやアイデアとまったく違うものが、同じ規格の色違い、柄違い程度の差に変貌している。シャーシはこれを、エンジンはこれを、と選んでいけば上に乗っけるボディという名のふたも必然的に中身に合わせたデザインになっていかざるを得ない。

巨人が飲み込む場合はなおのこと効率的に規格化がすすむ。
売れないもの、売りたくないもの、消費者の多数決で支持されなかったものは優れたものでも消えていく。(私は携帯についていたFMラジオの機能が気に入っていたのに今は見かけなくなった。クソマーケティングのせいだ)

結局、寡占が進んだ。
もともと各自の商品特性があまり違わない金融業でさえ、体力勝負のためだけに合併していく。
まるで日曜朝8:00からやっている「合体戦士なんとかジャー」に出てくる、とりあえず乗り物を全部くっつけたようなロボットみたいな銀行が出来上がる。
昔麻雀漫画(スーパーヅガンだったっけ)で「就職麻雀」というのがでてきた。役の名前で「都銀13面待ち」という役が出てきたのだから、当時は13都銀がある、と覚えていたものだ。
今は、どれがどうくっついたのか、さっぱりわからないまま、口座番号が変わったり、システム障害を起こしたり(こないだもあったね)、振込先を取引先に知らせさせたりとユーザーにとっては最悪な合併を繰り返す。
でかくなって安全になったならいいけど、そうでもなさげだし。(ただ、昔大嫌いだったやつが都銀に就職したとき、自分はエリートだ、と言わんばかりに傲慢かつ鼻もちならない態度で、自分の就職と就職先の自慢をしていたその銀行が潰れたことは金融危機の功績として評価している。私のけつの穴は極めて小さい)。

集約化は、危険の集約化でもある。倒産のダメージを極大化する。どれかが行き詰ったら、業界のパイのうち3割4割のシェアを持つ企業がこける、ということになる。、総だおれにはならなくてもダメージは甚大で、かつネットワークを通じて世界の市場になだれ込んでいく。

部品の共通化は、どのメーカーでも中身は同じものばかりになるので多様性がなくなる。性能より、汎用性が部品会社の競争の目的になる。商品が均質化されると、チェーン店(これもネットのひとつだ)さえあれば、いつでも、どこでも同じものが買える。家にいても買えるようになる。家で買えるようになると、ますます商品の不満度を抑えた商品になっていく。手にとって、輝きや、異様さや、重みや、軽さや、触感を試すことなく、数字化されたもの(cm、g、材質の表示、%)と写真で推測し、自分に似合うかどうかさえ試せなくなるからだ。
一見自由でばらばらに走り出せそうな社会は、実は汎用性がやたら強い(これはかえって不自由だ)ばらばらな社会となったのだ。

つまりは....面白くない商品が並ぶ危険な社会になったということだ。
これを進歩と呼ぶのか?

degenerated evolutionとでもいうか。





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グローバリゼーションについて~イナゴの大群 [グローバリゼーション]

グローバリゼーション。
なんと心地のいい響きだろう。
この第3惑星ひとつが一つにつながるいい感じ。

私は、少なからず、恩恵を受けている。
おかげで金さえ惜しまなければ(あるいは遠回りや宿等の制約を楽しめれば、あるいはなんとか資金を絞り出せれば)、そして時間が作れれば、さらに細君の許諾が得られれば(金銭よりこの二つが難物だが)、ある程度どこまでも行くことが出来る。(近くてもかの国には行けないし行きたくない。行進と舞踊に秀でたあの国のことだ)

グーグルのネット検索も、ギャップのXLのシャツも(ユニクロは年を取ってきて体型が合わなくなった。日本人の標準偏差を越えたらしい)、タイ産のエアウェアのブーツも(価格規制は厳しそうだが)手に入りやすくなった。
しかも、恐ろしい速さで進化した。

四半世紀前は日本製は軽くて、故障が少なく、高性能の代名詞だった。
「バック・トゥ・ザ・フューチャー」でマーティ・マクフライ氏は若き日のドクター・ブラウンに1980年代の日本製品の素晴らしさを説明し、トヨタのトラックにあこがれを示している。

ただ、頑丈さはまだまだアメリカ製が優位を保っていた。
「ストレイト・トゥ・ヘル」でジョー・ストラマー氏は、マシンガンがいざという時に動かない事に腹を立て、「日本製め!」と罵倒している。

リーバイスも、LEEも、VANSも、コンバースもまだMADE in USAだった。
靴はイギリス製が格好よかった。
台湾製や、韓国製はまだ「がっかり」に属していた。
工業化度合がさらに低い国の製品には信頼性を感じないか、あるいはエスニック的価値を見出すかだった。(「メイド・イン・ガテマラ」なんて書いてたら、ちょっと興奮した)

かの時代は終わり、自称先進国たちは高くつく自国の国民に作らせることをやめた。
そして、より安い労働力と資源を求めて「イナゴ」が飛び立つ。

「インディペンデンスデイ」において、米国大統領は宇宙人の思考方向について以下の旨を述べている。
「彼らは、星から星へ渡り歩き、ありとあらゆるものを食いつくす。何にもなくなったら、次の星へと移っていく。まるでイナゴの大群のように」と。自国のグローバリゼーションの手法と戦略、そして思想をここまで言及した大統領は彼が初めてだ。

イナゴの本格的な旅立ちは国内の有色人種が安い労働力として使えなくなった頃から始まっている。なにせ「同じバスに乗せない」位さげすんでもいい社会だったんだから、「色つき」は安く使えた。
「イナゴ」はその人たちより安くつく人たちを求めて旅だった。高くつくようになれば、次の島へ、西へ、東へ、北へ、南へ飛んでいく。

日本には「飛び立つ側のイナゴである」という勘違いがあった。
すでにアメリカは日本の安い労働力と勤勉さを見出して、日本に工業をさせていた。技術が移転し、日本人独特の工夫も相まって日本の製品は高性能に育った。日本の自動車がビッグスリーを駆逐した。しかし、日本の労働力は安くなくなった。イナゴは飛び立った。
韓国、台湾、フィリピン、中国、タイ、ベトナム、インドネシア、インドとアジアで席巻を続けている。
今ではバングラデシュ産の洋服にいちいちエスニック感を覚えることはなくなった。

問題は、イナゴが通って行った道筋に、最初から住み着いていた土着のイナゴが、やってきた大群とともに飛び立つところにある。生存競争のために、いい条件の餌が食いつくされた故郷を捨て、さらに安い労働力を求めて飛び立つ。労働力の値段は奴隷なみか、イナゴの国の「ガキの使い」並でないとそろばんが合わなくなる。
通過点に住んでいた土着のイナゴの数が多いと、とんでもないことが起きる。自国にいるイナゴの餌を賄えるだけの他国の安い労働力がないと、食えなくなるからだ。
中国に13億、インドに11億の人口がいる。世界中の「億」を超える、工業を支える国々の「イナゴ」がこれから本格的に飛び立つ。
今イナゴはアフリカあたりを飛んでいる、と聞く。アフリカの向こうに、「アトランティス」や、「ムー」はあるのだろうか?

ひょっとすると、アメリカの第2次産業労働者が一番ちょうどいい労働者になるかもしれない。
相対的に見れば、高くなってしまった海外のコスト(賃金や運輸など)が自国の高コスト体質を相殺するかもしれない。インフラは最初からあるし、先端技術もたんまりある。居住地も多少我慢すればたっぷりある。資源も食料も、他国の事情を無視してしまえば豊富で輸出価格も上がる。仕事を欲しがる移民もたっぷりいる。言葉の壁も新たな「文明教育」の必要もない。喧嘩もかなり強い。

食い荒らされただけの過去の国では、政治家は経済政策の失敗をたたかれ、賃金や生活水準や技術競争力の維持の名目で、国が馬鹿みたいな借金をして平静を保とうとするしかない(その国に住んでいる)。

「イナゴ」は最初から家に帰るつもりで旅に出たのか、それとも、アジアを目指して西インド諸島にたどりつくのか。それとも、着地できる陸地が見つからず、大量死するのか。

私が生きている間に結果が見たいような、見たくないような、だ。






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