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大学問題「認可と許可」

今回の真紀子氏の不認可問題の根源は「不許可」にある。

認可は要件を備えたものに基本無条件で与えるものであるから、
要件不備がないことに対する「不許可」は越権である。

要件を一生懸命備えた大学の苦労が水の泡になるにとどまらず
暴政の実行ともいえる。

そもそも認可、許可、資格などにはおかしな話がつきまとう。
学校の認可を受ける為には書類だけではなくて施設を作ってみてもらわなければならない
というのだ。
新事業を起こすものに「認可制度」が障壁ことがよくある。
新事業を起こす際に融資の審査で多くの場合は認可の有無を確認される。
認可のない事業に融資をするのは闇事業に融資をするのと同じだから貸し手は要件として求めるのであるが、設備がないと認可が下りない。資金のないものは新規参入が実質制限されることになる。

おかしな話である。
資格にもよく似たことがある。
調理師や一般用薬品販売などである。
これらの資格は「現場での経験」を要件としている。
ユーザーとしては明らかに既に「資格がある人」からサービスを受ける方が有利なのに、
資格がない人が「現場で経験する」為にユーザーは知識や技術の不確かなサービスにさらされ
なければならないのである。
これは明らかに本末転倒で、独学であろうが学卒であろうが
資格を取ってから職に着かせる方が社会にも消費にも有益なのである。

これは転職の障壁にもなっている。
例えば扶養者がある人が転職しようとする。
夜学でも独学でもいいのだが、十分な知識をもつ人が資格が与えられないから
無資格者と同等に就職をしなくてはならなくなる。つまり、「経験期間」は低賃金の
無資格労働となるわけである。
このご時世「2年待て」と言われてその業種の下積みに特化できる人がどれほどいるだろう?
かといって正社員規定で掛け持ちのバイトは禁止されているところが多いのである。
経験を資格に持ち込み、マルチなユーティリティを獲得しようとする人の邪魔になっていること自体が
労働の流動性を阻害しているという発想が官僚や議員にはないのである。

こうした根本的な発想が今回の田中真紀子発言の原因であることを日本人は
もっと考えなければならない。









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