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くじら [国際情勢]

国際司法裁判所は、日本が毎年、南極海で行っている捕鯨を調査捕鯨とは認めず、捕鯨の停止を命じた。

クジラはめったに食べないし、なくてもよいし、あってもよい。
沿岸のクジラ漁は関係ないから、その程度でも十分かもしれない。

ただ、アラスカではクジラはとっているし、アメリカが日本に来たのは小笠原周辺に捕鯨船の基地が欲しかったからだ。大西洋のクジラは、イギリス、フランス、北欧国の過剰な獲り過ぎで絶滅に瀕しているのである。
鑑みれば、現在の日本の漁獲高などしれている。欧米にとやかく言われることもないし、
暴力的自然保護宗教の連中などは論外である。

逆に保護され増えすぎた鯨によって魚の資源がおかしくなったという水産庁の話もおかしな話だ。
ほんの1000年前、人口は3億人ほどで漁の技術も劣っっていた。
クジラは保護されていなくても、獲り過ぎるほど獲れたとは思えない。その頃の生態系や、水産資源は
人間の保護がかからずとも「異常だった」とでもいうのだろうか? 正常とは何か、という話である。

高等生物であるクジラを食うのは野蛮で牛を食うのは文化という理屈は全く理解不能である。
クジラが牛のように繁殖が難しく、個体数が少ない種の狩猟禁止、というなら理解できる。
捕鯨は感情論ばかりで全く無駄な議論である。

どうしても自然が守りたいなら人間を減らせばいいのだ。
人間は保護されすぎて地球の食物連鎖に異常をきたしているのは間違いないし、
ついでに言うとそれほど高等な生き物でもないから野蛮なことでもなかろう。
私たちは年に何千kmも泳げないし、海底ではるかかなたにいる友人とも話せない。
狂信的自然保護団体が「自分が生きている」という原罪を悔いて大量に集団自殺したなどとついぞ聞いたことがない。あいつは悪い、こいつは酷い、牛は馬鹿で、自分たちは賢く、クジラも賢く、クジラ漁をやるやつは野蛮だ、と他人に言い続けているのである。
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