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オリンパス [正義]

オリンパスの20年に渡る不正経理。
「不適切な処理」だそうです。
簡単にいえば偽装、粉飾、違法。
たまたま前回「不適切」という言葉を使ったある法人の方の発言を紹介
しましたが、一部上場企業では「違法」という言葉の「置き換え」
に使われているようですね。
たぶん企業弁護士の常套的な「言い逃れ」用語なんだろうな、と思います。

アメリカだったら、どうだろう?
違法企業の「不適切」なんて言葉を許すだろうか。
市場への不正確な企業情報の開示、役員の違法行為、不正経理、脱税、不当労働行為。
どの側面からもシロクロを裁判でつけ、場合によっては懲罰的賠償命令が出る。
それは市場でのルールの違反が資本主義の根幹とそこから享受する利益を守るためと、
個人を守るための2点が明確になっているからである。権利と義務は裏腹であるからである。
法人の権利を守るためには厳しい義務を課すのである。運用面や実態はどうあれ、
日本よりは社会が法人に対しても厳しい。
日本の場合は、法人の権利を守るために、表面的に義務を課すのである。
日本人は拝金主義におぼれ、勧善懲悪の美徳を忘れたのである。

日本語の言葉の豊富さ、繊細さはいいことなんだけど、グレーな言葉が多くて、
逃げ口上に悪用されている面もある。
学校内での恐喝、強盗を「いじめ」と呼ぶのもその顕著な一例である。
学内恐喝として断じ、指導すればいいではないか。
不法労働行為も「寝る間も惜しんで」という個人の努力や奉仕的美徳が強調されるため
うやむやになる。これも良くない。

「不適切」という言葉を使ったオリンパス。
適法性を表現するのにこの言葉を使ったことは、日本の社会・経済に潜在的な「不適切」性
があることを世界に知らしめた。
解任された前社長にはこの体質が不可解でしょうがなかったのだろう。
私もこの企業社会の体質が大嫌いだ。

日本人の美徳をやたら強調するのはいいが、こういう日本人の悪い癖も
排除していかないと、中国のことなんて批判出来ないし、資本主義国家としても危うい。
言っておくが私は左翼などではない。
コーポレートガバナンス、九電についで0点。
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素晴らしい忠誠心 [正義]

最近、あることでこういうことをおっしゃる方がいました。

「法律にあっていない状態を放置するのは違法です。」
と私が指摘したところ、
「いいえ。不適切な状態にすぎません。故意でないから違法でないです。」
とおっしゃる。

法治国家で法律違反の状態を「違法行為」というんじゃないんですか...?
過失致死傷も「不適切な状態」で済むのでしょうか...?
一部上場企業の、経営サイドの人の発言です。
こういう人達が社会人(会社人)として認められている社会にはがっかりしますね。
社会が立派になっていくわけです。
企業人としての忠誠心、素晴らしい。
人間としては...。


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原爆 [正義]

どうしても、容認できない。
私は反アメリカ主義ではない。
同盟の上でのうのうと私は生きているし、文化も認めている。
トルーマンが事前の反対に比して事後批難されないのはなぜか。
玉砕、特攻への恐怖から、米国の被害拡大を回避するためだったという。
終わらせたかった、という。
もしフルシチョフかケネディが「あの時」ボタンを押していたら、批難されなかったか。

私は国粋主義者ではない。
また戦争があることは直視しても、戦争自体を肯定しない。
玉砕、ユダヤ人殲滅、中国本土爆撃、南京虐殺、ソビエトの抑留民強制労働、
ことの真偽規模はともかく、戦争にはひどいことばかりがつきものだ。
しかし勝戦者以外に優位性、有効性を認められている行為はない。
過去数世紀にわたる欧米による世界の植民化、
直前100年程の中国の割譲行為、アジア植民化等は戦争の
の遠因としてさえ語られないことは異常だ。

私はネオナチでもない。
しかし、開発者の多くがドイツから逃れたユダヤ人であったことを
想うと、ドイツ同盟国への復讐だったのか、といぶかる。

環境問題がどうの、クジラがどうのという言葉が奇異空疎に聴こえることがあるのは
原爆投下や、私の子供時代に頻繁にあった成層圏での水爆実験等のせいだ。
あんなことやっといて...とどこかで思っている。

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京都教育大学事件~裁判官、ちょっと待て① [正義]

新聞の感想文です。

京都教育大学で、6人で集団強姦事件を起こし、もうすでに被害者と示談・和解
になって起訴猶予になっているうちの4人が大学の処分が重すぎる、不当だ、という裁判。
強姦犯側の主張が通りました。大学の停学は重すぎる、と。
居酒屋での集団性行為の合意があった、と裁判所が認定した。画期的。
裁判官、どうしたの?と思った。

京都教育大学はどう主張したの?
京都教育大学は国立だから、体裁は独立した法人とはいえ、税金が注がれる大学だよ。
裁判まで解除しなかったってことは、やったことについては大学も事実認定を主張して
来たわけだよね。
原告の強姦が事実なら、強姦犯に税金から支出されるわけだね。1人10万円。
最初の事実認定が、間違っていた、誤認逮捕、冤罪で停学、ということなら、
おおごとなはずだよ。

この人たちの示談、は謝罪じゃなかった、って裁判官の考えだよね?
だって、合意のもとって言いきっちゃってるし。
もうかっこう悪いからやめにしてください、ていう示談、口止め料ってことを司法が認めた、と。
裁判官は、酔ってても6人といたす同意があった女性だった、ということを言っているんだよね。

整理すると、
①居酒屋内で酔った女性を輪姦しても準強姦、公然わいせつにはあたらない。
②女性は酔っていても、居酒屋内で6人といたす同意ができる女性だった。
③示談で支払われた金銭は、行為に対する示談でなく、行為と関係ない口止め料。
④大学が冤罪(合意があったから)を犯罪としてみなし停学を課したのは重すぎる。
ということになる。

考察すると、
①合意がなかったとすれば、複数犯だから被害女性の親告の必要がない罪。
逮捕でも起訴でもできる。警察は示談をみて起訴猶予としたはずだ。
つまり、社会的制裁的な部分、あるいは、双方の親密度や、謝罪についての合意
をみた故のことではないのか。
②裁判官が被害者側の一女性に対し性癖を決めつけることが許されていいのか。
よしんばあるとすれば、加害者側の強姦癖、輪姦癖、公然わいせつ癖を考慮し、
同時に公表すべきではないのか。
③裁判官は、罰の軽重、事実認定についての判断をすべきなのに、示談の裏付け、
意味について言及していない。また、誤認逮捕、冤罪としての訴えはない。
原告は、大学の処分に対する軽重のみを争っているのだから、したことは認めている。
警察、検察の事実誤認は認められていないどころか、反している。
④③を考察すると、大学が処分継続を行っている理由は、冤罪とみなしていないこと、
裁判の確定を重んじていることだと思われる。

国立大学はいまや、独立法人となっている。親告罪でない複数による準強姦が事実
を否定されていない状況にあるのに、停学、退学の処分の職権に司法が首を突っ込む
のはおかしい。作戦は入念だ。本人同士は解決済み、被害者をいれずに大学と勝負、だ。

複数との性交をする性癖を認めないわけではない。
強姦か、そうでないかも難しいケースもあるだろう。

しかし、国がこれを判例実績として認めるのであれば、今回と同様の罪に示談を認めるべき
ではない。なぜなら、親告罪でもない刑罰にまで売値を与えることになるからだ。
貧者が買えない罰を、罰まで金で買っていくことになるからだ。

なにより、国の支援で「教育学」の最高学府におるものが、このようなことを起こして
裁判に訴える、という情けなさ、である。
授業中に立たされたり、罰としてグランド三周、ということが教育を受ける権利に
反する、だの体罰だのという教育のせいなのか。
強姦は退学と校則に書いてない、とでもいうのか。
こうしたことは、企業でもよくある。社内でまあまあ、と許されていれば法律は二の次、
と考える輩の考え方である。

なにより、先に考察した通り、強姦壁、輪姦壁のあるものを教育を学する場に、送り出す
ことを許す司法のあり方、である。
繰り返すようだが、本件は冤罪の裁判を行っているのではないのだ。

彼らは、なお、学校で法律や道徳のあり方を含めて教えたい、と望んでいるのである。
集団強姦は、刑事上は示談にして、民事で裁判に持ち込めばお金以外になくすもの
はない可能性がある、と教えるのか。

性犯罪は再犯性が強く、2割程度が同罪で刑務所に戻るという。
5人性犯罪者がいればそのうち、1人は再度強姦犯になる可能性を統計は述べる。
だからこそ、海外では足に発信機がつけられるのである。
あれを二重刑罰というのは勝手だが、10,000人釈放すれば2000人の被害者が出ると
いう統計があるのだ。その脅威に子供をさらすのか。

父母が離婚し、名を変え、最終学歴を他大学で取れば、もうわからなくなる。
そんなことこの方々のような一流大学をでていない私でもわかる。
刑期を終えた人ならまだしも、このような不正義がまかりとおる司法はおかしい。
安易に凶悪犯罪の起訴を回避すると、こういうことが起こるのだ。
直視できない人は司法、警察にいるべきではない。

判例の重さ、示談内容、裁判への経緯、いかにみてもこの判決には納得がいかない。

いかなる場合にも、この裁判長を最高裁判事にしてはならないと思う。
このような被害者軽視の裁判を許してはいけない。
これから裁判の結果を、私たちには投票で選ぶ権利があることを国民は忘れては
ならないのだ。
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暴動 [正義]

日本は極めて個人的意見を公に表象するのが難しい国である。
政治、労働、社会、経済においてタブーは多く、「触れなば斬れん斬岩剣」
と言わんばかりである。
「あんなこというから・・・」と職場でも、近所でも、一族郎党でも馬鹿もの扱い、
さらしものにされる。

行動に対しても同じだ。
デモは極左、よくわからない学生団体、街宣車、と決まっている。
まともなデモ等見たことがない。

「国家転覆」でなくとも「統治の基本秩序の壊乱」を意図する群衆参加の暴動
を首謀したものは死刑、と法律に書かれている。
政府の圧政や、なんやかんやあったとしても、法律上は死刑である。
(ちなみに「騒乱」首謀の場合は10年以下の懲役である。
新聞では「暴動」がよく使われている。あれは法律上の解釈は「騒乱」なのか?)
被害者1人の強姦殺人より重いのだ。

フランスはどうもそうではないらしい。
別に、社会騒乱や、不法行為を認めているわけではない。
ものの本によれば
「憲法が保障する自由や権利を政府が侵害する場合、あらゆる形での抵抗は
すべての権利のうち最も神聖なものとなり、義務のうち最も絶対的なものとなる」
という条文があるらしい。(フランス語が読めないので直訳できないけど)
あいまいながらも国民から何かを突き付ける可能性を残す条文が憲法に
定められている(残してある?)のである。
人権は獲得したものという自負がフランスらしい。
政治とは関係なく「あるもの」として、「神聖」と呼び、不可侵を絶対化するのも
欧州らしい。日本で神聖などという言葉(あるいは神という字)を使った日にゃ、
「神とはだれか」だの「政教分離」だの「皇室支配の復興か」だの有象無象が
わき出して来るだろう。

欧州では暴動はよく起こる。ギリシャでも先日起こっていた。
そういった市民精神がそうさせているのか、単に粗暴なのかはわからない。
しかし、そういう何か目に見えて突き付けられる抵抗権が認められるから、
権力に対する抑止力、緊張となっているようでもある。

私たち日本人は高潔で穏やかだから、暴動がないのか、
それとも、憲法に認められていないからなのか、私は知らない。
ただ、暴動(法律的には騒乱?)がなさ過ぎて不思議だな、とは思う。ネタは山ほどあるのに。
別に、暴動をあおるのでも、欧州崇拝でもない。念の為。

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英国女性殺人事件にみる司法に対する不信 [正義]

1人の女性を、強姦して殺した。
これを日本では傷害致死罪として扱う、と弁護士はいう。
これを日本では「殺人だけど一人しか殺してないから死刑に出来ない」と検察は言う。
法律では殺人の罪において、何人殺したら死刑、とは描かれていない。
検察は、自主的に、判例に敬意を表し、死刑回避を選んだのである。
つまり、判例を受けたもの=過去の殺人犯との平等を重視している
ということになる。
被害者、法を守っているものに対しての平等ではない。
強姦され、殺された女性の心には平等でない。

私は少なくとも、「人を殺したら死刑になる」と教えられてきた。
盗む、その他法律違反も同様に罰を教えられてきた。
善良な市民(少なくとも犯罪をおかしていない市民)との平等性
は検察の主張と関係ないところにあると言わざるを得ない。

刑法とはそもそも復讐を国家の管理下で秩序だって行われるものである。
復讐は、復讐を呼び、無用の混乱や戦乱、抗争を呼ぶ。
それを回避するためのもののはずだ。
なぜなら、復讐心に見合わず、被害者があきらめや抑制をしなければ、
復讐や仇討は個人の道徳の中で正当化されるからだ。

検察とは事実を間違いなく把握し、罪の重さを法律に従い適用される
べき刑を確認し、裁判所で申し述べ、主張するのが仕事である。
すなわち、被害者、遺族の復讐に見合う罪を主張し、立証するのが
仕事ではないのか。
それに対して弁護士はこれこれこういう事情や、殺意や、関係や、精神
状態があったので刑を軽減するのが正しい、あるいは、違法でない、
事実と違うという所以に無罪と主張するのではないのか。
そして、双方の意見、事実認定を裁判官、ならびに裁判員が決する
というものではないのか。

ところが、今回の求刑では、最初から判例=過去の殺人犯との平等を
求刑の理由として挙げている。まずこの点がおかしい。
検察が過去の殺人犯の量刑に敬意を払う職権等我々は与えているつもりはない。
それは国民にたいする傲慢だ。法律に従うべきだ。
殺人は、暴動内乱首謀者等に並んで、死刑が採択されているもっとも
重い罪の一つである。最高刑原則で、情状を確認する作業が常道と思う。
過去の殺人犯との平等にいちいち敬意など払うから「一人しか殺ってないから、
真面目にしてたら出てこれる」と言い放つ輩が出てくるのだ。

我が国では終身刑も累積刑もない。死刑に準ずる抑止力はいつか出てこれる刑
しかない。「死刑になる可能性」のもつ抑止力を判例で着々と崩している。
情報が行きとどいた社会では恩恵を受けるものが知識として知るのは犯罪だけに限らない。

検察、弁護士、裁判官が同一の見識をもち、裁判に臨む、という制度は
まっとうである。それぞれが見解が違うのもよい。
しかし、法律に従わず、自ら判例主義に陥っている制度、となるなら再考せざるを得ない。
原子力ムラ、ならぬ司法ムラ、というならば。
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ビンラディン殺害:Osama is dead /Degenerated the faithful? [正義]

9.11の日はテレビでニューヨークの中継を見ていた。
何が何だかわからなかった。ツインタワーは崩れ落ちた。
ニューヨーカーの女性の友人に「大丈夫か」とメールをした。
「東30丁目の自宅でさえ、アパートメントが振動で揺れた」と巨大な恐怖をつづったメールをくれた。
9.11事件はアメリカが絵を描いた、という話がある。金、保険、爆薬、英国マスコミのエラーなど、その説に真実味がないわけではないから、オカルト系のSFか、と思いながらなかなか否定できない。
どこまでが真実なのかは私にはわからない。
しかし同じ街の、現場や近くにいた人にしてみれば、とても忘れることのできない恐怖だ。

今回も何が何やらよくわからなかった。第一報を見た時、「ほんまか?」と目を疑った。
声明はバラク・フセイン・オバマ・ジュニアから。どうやらほんとのことらしい。

「夜中に、パキスタンの首都50㎞圏の郊外で、アメリカ合衆国軍の特殊部隊が、
テロの容疑者を、ヘリで襲撃し、突入し、射殺した。
パキスタン政府には事前に伝えられていなかった。
米国政府首脳はその瞬間をライブ中継で見ていた。
高官が中継を見ている写真が公表された・・・」ニュースが続々と伝える。

他国の領土の、首都近郊に、政府へ何の前触れもなく、ヘリの部隊を突入させ、一見住宅らしき民家を襲撃し、住民を殺害する。そんなことどないして出来るん?と続報を見ながらあれこれと考えてしまう。

どこから出撃したのだろう。戻ったのは空母らしい。現場はインド洋からはるか内陸深い。インド経由?パキスタン縦断?アフガン経由?どこから行ったにしても空母で「水葬した」といっているのだから、どこかを通って海に到ったことになる。
パキスタン国境は、インドとの核実験競争やカシミール国境問題等旧来火種をかかえ、アフガンは極端に不安定なのだから、国境は甘くないはずだ。アメリカとパキスタンの関係は強固ではない。核のボタンを持った国の国境を越え、首都近郊の町に向けヘリで領空を飛び、火器をぶっ放すことなどできるのか?核保有国の国境とはそんなに易々と越えられるのか?というか、越えること自体どうよ、だ。

もし、「今夜、東京50㎞圏の郊外の町で、他国の軍隊が、テロの容疑者を、ヘリで襲撃し、突入し、射殺した。日本政府には事前に伝えられていなかった。攻撃側首脳はその瞬間をライブで中継を見ていた。攻撃側の高官が中継を見ている写真が公表された。」と伝えられたら・・・とても信じられない。

でも、アメリカは「やった」といっている。じゃあやったんだろう。
これは何なのか。ウサマビンラディンのシンパからみれば暗殺だ。パキスタンから見れば(本当に内通がないなら)領空侵犯、無許可での他国軍の軍事作戦展開だ。
パキスタンや我々を渋々でも「攻撃が正当で正義を守る行動だった」と納得させたいなら、ウサマビンラディンのテロ関与の確固たる証拠と、死体が本物であることが確保される必要があっただろう。しかし、発表では証拠の死体はもう海のどこかだという。テロの関与自体はうやむやのままだ。せめて手配書きに”dead or alive"としたなら死体確保は必要ではなかったか。

今回の襲撃で目をそらさなければならないほどの事件や国威高揚がオバマ氏に必要だとは思えない。
自身の出生・国籍問題が引き金なんてこともまさかないだろう。

やはり、何もまだわからない。

自爆テロの実行にシンパシーは感じない。
他人事であるうちは、テロの実行犯に悲哀も感じるが、被害者となれば猛烈な憎しみと怒りが起こるのみだろう。何事かの被害者になれば、怒りに固執する。私も被害者として怒りにまみれたこともある。
テロにあるのは、怒り、怒り、怒り、破壊、破壊、破壊、悲劇、悲劇、悲劇だ。
私の生活もその上に立脚している。これでいいのかと自分の小ささを考えることも虚しい。

9.11で恐怖に震えた人たちが、テレビで今「USA」をコールする。
それもでっち上げなのか。

一体真実はどこだ?


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