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複雑でよく壊れてもいい世界 [世相]

トヨタの大きなリコールがまた起きた。
他社も含んでいる。
グローバルだの1人勝ちだのとシェア独占こそ善という世の中になり、
便利な世の中に「見える」がひとつ壊れるとみんな壊れる、という弊害が増えた気がする。

複雑で、修理不可能で、最新の機械には賞味期限があって、商品に当たり外れがあって、
壊れても仕方ないと諦める世の中である。

世界の最先端が世界の隅々まで行きわたる代わりにかつての先進国では品質が落ちて行く。
100均で壊れることを前提に買い、壊れてまた捨てる。

消費する機械の性能は上がって行くが、社会の水準は沈んでいく。
沈みゆく文明を眺めている気がする。



桜宮高校の続き [世相]

警察は介入しない。
暴行が事実だと認定しているのに、桜宮高校、教育委員会はなぜ犯罪者を擁護しているのか。

30-40発殴ったのか、3-4発殴ったのかは問題ではない。
殴ったかどうかが問題なのに、現行の法曹ではその差異が事実認定に引っ掛かる。
3-4発殴った、では自殺との因果が認定できず、というのもおかしな話だ。
「公然と殴った」こと自体が犯罪なのに。

つまり、教育委員会は教育の独立を訴えながら、法曹的思考を働かせているのだ。
こういうことだ。

「犯罪」は、「事実」が「詳細」まで「明らか」でなければ「立証」されず、
「立証」の度合いによって「責任」は「増減」する。「事実」を自分が知っていても、
「ジャスティス」に従うことなく、他人が「立証」できるまで「責任」はなく、
また、「隠蔽」も許される。

これを教育委員は世間の高校生に訴えているわけだ。
冤罪とも言わないし、暴行を否定もしていない。

目的と場合によって犯罪は許され、立証されなければ責任の度合に軽重があり、
警察、司法の機関は遠ざけてもよい。
とまあ、こういうことだ。
判決により責任が定まるのは制度上の問題だが、暴行の事実を認めながら
犯罪実行者を隠蔽するというのは国民の義務に反する。
桜宮高校の生徒の会見は「目的の場合によっては犯罪を行ってもいい」
という教育の証拠だ。
「勝つためなら多少のことは目をつぶる」という言葉に置き換えられては
いるけれども。

こういうことは日本では当たり前に続けられている。
明確な被害者がいても関係なしだ。

このような公的教育をしているのでは大阪が犯罪件数が常に上位な理由がよくわかる。
橋下市長が「副首都」について力説しても、このような市民感覚を教育しているような市に
副首都としての地位を与えていいのだろうか、と思う。
東京で何かがあった時に、首都の発想ができるのか、ということ。
大阪の民度については批判がよくある。
関西以外の人から見れば一緒に思えるかもしれないけれど、同じ関西人でも「やだなあ」と思うことがある。

大阪の人は割と「それが大阪やねん」「大阪のxxxxはそれでええねん」とすぐ擁護の主張するけど、
自己防衛のぬるま湯につかってるように見えることがしばしばある。
テレビもそれを大阪文化と褒めて煽ってるように見える。
「ええかげんにせえ」と鋭く突っ込んで物事をはっきりさせる大阪文化が私は好きなんだけど、
「ええ加減」ではなくて「悪い加減」をええ加減に見逃す文化が年々強くなった気がして、
最近はそこがすごく嫌い。もう「面白おかしい」と笑えるラインは下回った気がします。

2012世界滅亡まであと... [世相]

あとひと月と3週間弱です。
いまのところ大した兆候はありません。
ハリケーンもニューオリンズよりはましだったし、
カナダの地震もそれほどではなかった。

今のところ宇宙から飛来物があるという警告もないし、
フォトンベルトだのニビルだのも聞きませんし、ベテルギウスがどうこうというのも聞きません。
これってnasaの陰謀で情報が隠蔽されているのでしょうか。

あとは地球の大異変くらい何だろうけど、
世界全土を襲う大地震はちょっと考えられないし。

12月21日までヒューマンエラーさえ起こらなければ
破滅することはなさそう。
人間は「なぜそんなことを?」ということをするから100%とは言えないけど。

大阪--アメリカ村 [世相]

音楽イベントがあったので久々に心斎橋へ。
アメリカ村。
懐かしい響きも手伝って、三角公園周辺をぶらぶらと散策。

いやあ、すっかり町の様子が変わってて驚いた。
ここ10年ぐらい足を踏み入れてなかったのだけれど、
ちょっとどうかね、て感じ。

貧しくとも自分で、みたいなDIY的な古着屋とか、レコード屋とかが雑居ビルにたくさん
あって、実際同年代の知り合いが店をいくつかやってたり、働いたりしてたので、そんなんを目的で昔はよく行ってたんだけれども、いまや、そんな”枯れた”雰囲気はなくて、
銀色系の装飾がギンギンギラギラ、店の前にせり出してるし、重低音の音圧も凄い。
どの子もこの子もタトゥーだらけ。別にタトゥーが嫌なんじゃないけど、
街全体としたらどうなんだろうね。

何となく、街ごとドンキホーテの圧縮陳列になったみたいで、
なんかワイルドスピード的というか、あんまり好きじゃない空気感というか。
威圧的すぎるのってオープンマインドじゃないから。
実際のとこは、今のカルチャーにいないからどれだけのものかはわかんないけど。
まあ、ジジイには向かない街になった、ということか。

ニューライトのセイロンライスは相変わらず。カツを乗せるか迷ったけど
プレーンで。あの店が”私たちの”アメ村の雰囲気を唯一残している感じがした。

見に行ったショウ自体は最高で、こんなツアーでもまだ回ってきてくれる
大阪って羨ましいなあ、と正直思った。
京都って本当にツアーに来てくれない土地になってしまったから。
音楽文化の凋落は激しい。

世界破滅か・・・ [世相]

世界はやりなおさなあかん時が来たのでしょうか。

経済は数字上のモノでしかなく、
人権はあっちを立てればこっちが立たずのがんじがらめ、
自然は保護利権やイデオロギーで何がただしいのかすらわからない。
政治は民主主義、自由主義は衰退し、マルクスの予言とは大きく異なるが、
共産主義政府の独裁が成功して金を儲けている。
労働に価値はなく、いうたもん勝ちの世の中。
勝ち組は負け組を作り、勝ち組の中でも負け組が出る。
結局勝ち組は社会を支える気がなくなり、社会が崩壊する。
イナゴが隣の国からやってきてすべてを食いつくし去っていく。
科学は人間の延命だけを求めるくせに、宗教は戦争/殺人の道具だ。
無敵の必殺技は世界中に広がり、いつでも地球を滅ぼせる。
これほど混迷した時期は歴史上一度もなく、日に日にエスカレートしている。
13段の階段のゴールは目の前だ。
社会は自殺する。
自殺!自殺!自殺!
この言葉さえ甘美に聞こえるほど世界は厳しい。
自らの楽園を作るために努力してきたはずなのに、
分岐点はどこだったのか?
鉄砲、大砲、法律、通貨、金融工学。発明の度に過激な馬鹿が増えて行く。
人間は増えすぎた。それだけのことかもしれない。
分解は進み、崩落が始まる。
2012年11月ごろの予定。






剣道、警察、市長・・・ [世相]

剣道王者、少女裸メール事件やら、何やらかやら。
そんな事件が多かったね、今週は。

ぶっちゃけ、男やからわからんでもないんやけどな、
警察が何してるねん、て話で。

柔道ガール好きのメダリストとか、
居酒屋教育大学生もいたけどさ。
性癖というのは残念ながら経歴やら知能やら職業に関係ないから、
しゃあない、と言えばしゃあないんやけど、向き不向き
ちゅうもんがあって、外に出てまうと、こないなことになるんやなあ。

市長は家で7人、まだ外でもやるか、ていう。
脳みそとナニが一直線なんか、脳みそを介さず一直線なんか・・・。

なんか暑いしだらけた話ばっかで、シケた1週間でした。
よい週末を。

話題の大津 [世相]

大津の土壌かなあ。
割と変な土地柄なんだよねえ。
旧市街の人と、昭和ベッドタウン&工業地帯、工場跡の平成湖岸マンションというか・・・。

昔仕事の関係でよく行ってたから何となく感じてたんだよね。
普通の人は普通何だけど
旧市街の実力者の人たちは大津人としての誇りが高い。
必要以上にプライドが高すぎる。
大津の駅前、旧中心街よりさびれた県庁所在地なんてほとんど見たことないよ。
旧市街を潰すな、とか開発にブレーキばっかかけてるし。
駅前と駅裏の国道につながる道路がない街なんて考えられないよ。
普通、駅を動かすか、高架道を作るか、線路を埋めるか、なんかしてるよ。
はっきり言ってさびれた古い町だよ。
駅前はサラ金の看板しかないし。
昔ながらの町なんてわずかで、小さな宿場町程度。
鼻だけが高いんだよねえ。
京都がこうならうちはこのくらいじゃないの、って自己評価がものすごく高い。

滋賀県でも大津よりさらに田舎の方はかえってオープン。自己評価が正しい。
「田舎は田舎」のうえで
「田舎はかっこは悪いけど田舎の方が好き」
「田舎は田舎だけど、都会がまあまあ近いから住むのはここでいい」
「田舎はかっこ悪いから出て行こう」
というのが割とはっきりしてる。

草津市の方がオープンだよ。
昔からがらっぱちで、最近は開発し放題で。
人もあんまり気にしてない感じ。
若い人が増えるのもそのせいじゃないのかなあ。
物理的なものだけじゃなくて。
電車で通り過ぎるだけでさびれていく町と、新しい町の大きな違いを感じるよ。

まあ、住んだことがないので、私の感想ですけどね。
南西が山だから陽が早く沈んで暗くなるのは早いし。
そうか、南側が山で北側が湖、西は行止まり。大津の東に川はなし。
風水的にもよくなさそう。

あんまり言うと失礼なんだけど、外側からみてるとそう見えるんですよ。
京都はイケズ、大阪は汚い、東京は冷たいって住んでない人は好き勝手言うでしょ。
その一つだと思って聞き流してね。

不正生活保護問題 [世相]

不正生活保護問題において、扶養義務者の規定を厳重にせよ、という検討が起こっている。
これには困ったものだ。
一体、誰に見てもらうつもりなのだろうか。

直系血族(両親、祖父母、子、孫など)及び兄弟姉妹は絶対的扶養義務者としている。

無理だ。私には兄弟の子供の面倒まで見る財力はない。
私は3人家族だ。
賃貸でコンパクトに暮らしているのに、いきなり兄弟が生活保護の申請を
出したからといって、市役所が4人家族の生活費を出せ、と来られても拒否以外に打つ手がない。
私は借金が嫌いなので家も持たず、車も持たずに来たのに、こつこつ積み上げた貯金まで
調査される、というのである。そして、おまえが払え、と来るわけだ。

民法のように三親等内の親族にまで、兄弟姉妹を直系血族と同順位としている例は稀である。
明治民法においても親族間扶養の範囲は三親等内の血族までだったというのだから異常な法律だと
いうのは明らかだ。
成人して生計が別になってからの扶養義務なんて考え方がおかしい。
家族制度の名残も甚だしい。
犯罪や、起業の失敗による破産や、生活保護の要因は様々なのに、まっとうに堅実に暮らしているものが
貯金を持っているから出せ、というのは絶対に認めない。
文句があるなら日本に住むな、というなら私ならそうする。その方がましだ。

財源がないからと言って、現実にあわない法律を持ち出し、またまた儒教思想で
国民に押し付ける気か。
増税も決めるんだろうから、こういうわけのわからない法律の抜本改革をしたらどうだ?

世代間闘争と資本主義と教育 [世相]

私は世代間闘争は必要だと思います。
どう考えても高齢者は優遇されすぎです。若年層はそのツケを当然のように払わされているのです。

高度経済成長時代の恩恵を受け、
終身雇用を利用して不動産を持ち、
自分たちが制度を作り、払ってもいない保険料で生活する。

我々の世代はは他人が作った制度に縛られ、経済を守るためと
不安定な雇用にさらされ、長期の展望をもつことが難しい。
長期の展望が覆ったものは債務に追われ、
それでも他人の生活費を支払っている。

政治家もマスコミも高齢者に不利なことが出てくると儒教思想を持ちだして
日本の基礎を作ってきた方々がどうのこうのと擁護する。
生活のケアと尊敬心をごっちゃにしている。
そして高齢者はケア以上の自分への尊敬を求めるようになっている。
私は尊敬できる高齢者には敬意を払っている。
しかし、それとケアに必要な公的資金の問題は別である。
孫に小遣いもやれない、とよくインタビューで答える人がいるがおかどちがいである。
孫の小遣いは自分の甲斐性であって、国がもつべき生活資金ではないのだ。

若者には資本主義のルールの順守を求め、会社はひたすら利潤の追求を
行う欧米式なのに、労働者には「厳しい経営環境のなかの経営継続の為」
と経営能力の無能さを認めないうちに労働に対する利益の追求をやめさせる。
驚くべきことに働く者も労働というもので利潤を追求することが資本主義の
在り方だということを忘れている。いや知らない。
それは古い、相互の協力だ、というのだが、経営側との協力に資しているのは
自分たちだという自覚がない。

完全に教育の失敗である。
日本国憲法を学校は教えているのであろうか。
9条以外のことを教えているのだろうか。
権利と義務があって、公の権利を主張することを悪だと教えていないか?
(個人的生活については主張することを教えられているようだ)
悪を悪ということを教えないのはなぜだ?
穏やかであることは大事だが、正当な要求をすることの芽まで摘んでいないか?
拝金のみを善と教えていないか?
(富は善の一部ではある)
道徳と社会の授業をしっかり分けて教えないからこういうことになる。


金星 [世相]

金星...。
金環食のときと圧倒的に違うのは
老眼にはきつい。ということ。
なあ―んとなくは見えるんだけど。
眼鏡をかけると光が反射してぜーんぜんみえねーし。
老化とはそういうものじゃな。

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